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一瞬でいい。判断力が欲しい!

 投稿者:桜の木  投稿日:2010年 6月18日(金)17時24分53秒
  一瞬の判断が生死の境目なんですね~!
ご無事で本当に良かったです!!

娘さんは本当にお父さんが大好きなんですね!
私もそうでした。よく父に説教しました。

娘さんの為に体を大事にして下さいね。

ところで、私は昔、秋刀魚で火を出したときパニックになり、
今は亡き父が小さな座布団で消してくれたのですが、
腰が抜けて立てなくなった経験があります(笑)

あのとき立った大きな火柱は「恐怖」という文字は絵にすればこれだ!とさえ思わせました。

地震はもっと苦手です。姿の無い分恐怖感が増幅され、もう体がしどろもどろ(笑)

若い頃、マンション13階に住んでいまして、震度4の地震を経験しました。

頭は真っ白、完全自己喪失状態(笑)
部屋中をモルモットみたいに走り回って大変だったそうです。
主人が私を捕まえて頭から布団をかぶせ、
押さえつけたのだと後から聞かされても、覚えているのは恐怖だけと言う
情けなさです。

東京に大震災が来たらどうしたらよいか?何を持ち出すのか?なんて今用意しても、
多分私には無駄です。運と神様に頼ります(笑)

振り返れば、私には一瞬の判断さえも有りませんでした。
一瞬にして判断力喪失だったから。

子供の教育方針は「正しい判断の出来る人になれ」をモットーの私なのに
自分は全く判断できません。

困った親ですね(笑)
 
 

火事場で持ち出すものは

 投稿者:  投稿日:2010年 6月17日(木)15時12分44秒
  桜の木様

お心遣い、ありがとうございます。

私の方は、数日喉が痛かっただけで、実害はありませんでした。

一瞬、家から何を持ち出そうかと考えたのですが、家計の大事なものの置き場所は、私は全く知らず、携帯も持っていませんし、財布すら手にも取らず、短パンにTシャツ、ビーチサンダルだけを「命にまとい」、外に出たのでありました。

しかし、なかなか突入しない警察と消防士に苛立って、煙の出る建物に、再度入ろうとしたことは、お伝えした通りです。

「唯一救い出した「命」を、自分で危険にさらすとは、最低!」と、娘から叱られたのであります。

そう、命あっての落ち込みや秋刀魚味わい。
桜の木さんも、ゆっくりとリハビリしてください。
 

え~~!火事?!

 投稿者:桜の木  投稿日:2010年 6月13日(日)17時55分49秒
  大変でしたね!
お体は?、お店は?、ご家族は?、大事なものは? 大丈夫でしたか~?!
ホントに驚きました!

私などは、災難はいつも『他人事』と心のどこかで思いがちですが、気を引き締めます!

災難と言えば、私も4月末に階段から落ちて右肩脱臼、左肩筋の損傷で1ヶ月固定していました。ひどい災難でした。

漸く固定をはずして、固まった筋肉のリハビリに秋ごろまでかかるそうです。


当然バイトは『クビ』です(笑)

無職で、家でも役立たず・・・一時はかなり落ち込みました。

今、少しずつ回復に向かっています。

長いことPCも開けず今日、開いたら、

え~~、夢屋さん火事?!

ビックリしました。

今度は秋刀魚を焼いても煙にビックリしちゃうかもですね(^^)

でも高齢の母を持つ私は他人事ではないかも・・・


どうぞ、お大事に!
 

火事

 投稿者:  投稿日:2010年 6月12日(土)22時39分50秒
  仕事をサボって居間で本を読んでいたら、なにやら外が騒がしくなってきて、町内放送が鳴り響き

「火災発生、火災発生!場所はxxxxxxxx(まさに我が家の住所) 火災発生!」

へっ?と意識を戻したら、焦げ臭く、窓から外を見たら、大勢の人がこちらを見ながら指を指したり、携帯で写真を撮ったり、誰かに電話していたり・・・
まさに火事の現場は、我が家の建物のようです。

慌てて外に出てみたら、二階の窓から煙が噴出しています。

頭の中は、一瞬で『め組の大吾』(消防士のコミック)になってしまいました。

二階に駆け上がったが扉が開かないので、周りの人に言って、消火器をかき集め、私はベランダから侵入しようと、台所の窓枠によじ登って、ベランダによじ登ろうとするが、ペラペラの手元しかなく、「あぁ、山野井泰史さんだったら、凍傷して欠損した3本指で、ここを登ってゆくのだろうな~」と情けなく思いながら強攻策を取ろうとしていたら、隣の旦那さんと前の自動車屋さんの旦那さんから、「もう警察も消防車も来たし、煙にやられるから、止めてください!」と・・・・

漫画だったら、その制止を振り切って火の中に飛び込むのでしょうが、私ははっとわれに返り、物分りのよい常識の人間と化してしまいました。

確かにあのまま突入していたら、一酸化炭素中毒になって倒れていたかもしれません。
(実際、直接煙を吸い込んでいないにもかかわらず、喉が痛くてたまりません)

しかし、二階に人がいた可能性もあったのも事実です。(現実には、いなかったのですが)

いざという時に、人間の底が知れますが、まさに改めて自分の底の浅さを思い知らされました。

とりあえず、ボヤですみ、誰も負傷者が出なかったが、幸いです。
 

店を抜け出し、裏の公園に

 投稿者:  投稿日:2010年 4月 7日(水)13時37分1秒
  こちらのサクラは、完全に葉桜になっています。
しかし、薄緑の若葉と淡い桃色が、なかなかいいんですよね~
足元には、散った花弁が吹き溜まり、むんずとつかみ、舞い上げたくなります。

タイガイのことは、なるようにしか、ならないと思っています。
投げやりとか、諦めとか、達観とかなどではなく、「なるようになっている」私自身のコントロールから離れた領域があると思うのです。

だから、自分でコントロールできそうな領域を、目の前の問題と考えて取り組んでいたら、あとは「なるようになっている」から、流しておこうと・・・・

サクラの舞い散る様はコントロールできないけど、樹下に身を置くことは、うまくいけば実現できるかなと。
 

恒例行事

 投稿者:桜の木  投稿日:2010年 4月 5日(月)14時45分0秒
  お久しぶりです!

今年もやってきました!!
お花見の季節ですね~~~~~~~~~~~~~!!(^^)

私は主人に2年前から春の花見を強要する事に成功し、ついに恒例化しかかっております。
この年になってやっとお酒が飲めるようになり、楽しくなってきたところです。

一昨年は靖国神社、去年は皇居、そして今年は「墨田公園」の墨堤で水に映るサクラを見ようと言う事に意見が一致したのが、2ヶ月前の事でした。

『今年は何処に行こうかな?』と言うと『墨堤に行くか?』と言い出したのは主人でした。
うまい具合に教育しちゃったな~~って喜んでいたら、今月入ってすぐにサクラの話になると妙によそよそしいのです。

昨日は嫌な予感に打ち勝って『明日は行こうね!』と言えば、『どこへ?』と言うし、
『サクラですよ』と言えば、『サクラが何?』って言うからだんだん腹が立ってきました。

『花見に行くって言ったでしょうに!!』と言えば『咲いてるかどうか、わからんぞ』だって・・・

今トウキョウのサクラは8部咲きですよ(笑)
『明日は雨風で全部散るかもな!』
『・・・・・』

ここまで言われたらアホらしくなってしまい、
『そうだね!丸坊主だね!全滅だね!アンタは二度と見れないね~~だっ!!私は【チガウ人】と見ます!!』と啖呵を切って部屋を出ました。

主人は5分もしないうちに、『あさっては休みだな~~』って独り言を大きな声で怒鳴りながら私の側をすり抜けました。
あぶなく、恒例行事化した花見が頓挫するところでした(^^;)

寝ていたい主人の気持ちもわかるけど、1年に1回しか咲いてくれないサクラさんです。
愛でて、褒めてあげたいじゃないですか!

これって、私のわがままですか?
私は毎年、春になると傲慢、強気、短気、頑固などの病にかかるようですね(笑)
 

啄木鳥

 投稿者:  投稿日:2010年 3月 7日(日)12時21分20秒
  店に来る青年から薦められて読む。

『アサッテの人』諏訪哲史   講談社

ベラスケスの『侍女たち』が、何度も脳裏をよぎる。
 

ホホ

 投稿者:  投稿日:2010年 2月19日(金)12時48分22秒
  >三原さん、好きでしょ? こういう考え方。

いいですね~。
近所のおばちゃんのおせっかいや、悪ガキの涙が、自分の物語に届くという考えは、たとえ幻想であっても、豊かだと思っていますし、そこらへんと何とかしたいなと思っています。

人類は、「人間の概念」を「外」に開く方向で、科学や社会を推し進めてきたように思います。
これは差異に根ざす「言語」が、「外」へ「外」へと向くベクトルを、「表出では」背負ってしまうからです。

人間は、生物的にも、外部情報を取り込み、それがフィードバックされて、さらに外部を取り込む「刹那体」を造っているのは、確かだろうと思います。
外部環境やDNA、生育体験などが、重要度を増してゆくのは、言語のベクトルからして不可避で、これからもどんどん「人間」は、「外」の影響に根ざした生物として、考えられてゆくでしょう。

「外」を注視した、エコ思想やグローバリズム、幼児体験のトラウマなどへのアプローチも、この流れだと思っています。
これらの思想を、簡単に否定出来ない気持ちにかられるのは、外部情報を取り込む生物である「人間認識」が、あるからです。

しかし、しかしです。
ここが、思案のしどころです。

「人間概念」の「内」は?
「内」に開く術は?
自己問答の言語も含めた、言語の表出が「外」ならば、「内」を言語化することは?

そもそも、言語に根ざしたこのイメージは、人間概念を「内」無き「外」でしか規定できず、強いて言えば、<「内」無き「外」の人間>の「外」に、非言語の「内」が開いていると考えられるのではないのか?
確か細胞の構造は、「内」に「外」が・・・・
・・・・・・・
・・・・・
・・・


近所のおばちゃんのおせっかいや、悪ガキの涙が、自分の物語に届く「物語」を、「外」だけの思想に絡め取られないようにしたいなと、思っているのでした。

と、書き上げたら、こよねちゃんの本が届きました。

ありがとう!謝謝!
 

へへ

 投稿者:こよね  投稿日:2010年 2月17日(水)14時37分5秒
  「アエラ」じゃなくて「論座」じゃないっすか? もう廃刊になったけど…。
実は新刊はこの「論座」で07~08年にかけてのインタビュー連載に加筆したものです。
実際には一番古いインタビューで3年近くたつのですが、日本は消費という軸で回っているので、3年前のモノはすぐに古くなってしまいますね。三原さんの言うとおり、中国の時間軸は日本と違い、3年前でもまだ新しい。
いや、というか、出来事はたしかにそれなりの月日がたっているわけですが、なんというか、やはり「今、日本人がニュースやなんかで目にしている中国」に至るまでのロジック的な経過を分かっている日本人はあまりいないので、そういう意味では表層に至るまでの流れを知る意味ではいいのでは、と思っています。

特に三原さんが言うように、変化もそうですが、たぶん取り巻く環境で一つの者の醸造過程が違ってくる、みたいな。これって地方によって育つ果実が違うために、そこで暮らす人たちも違う野菜を食べている。その結果、野菜やお料理にも違いが出て来て、それを長い間食べ続けている人たちはまた違う考えを持つようになり…

飛躍しているようだけど、三原さん、好きでしょ? こういう考え方。でも、こよねもそう思います。読んでね。↓

http://www.amazon.co.jp/gp/product/4904213084?ie=UTF8&tag=wanzee-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4904213084

 

闇も きっと上がる

 投稿者:  投稿日:2010年 2月12日(金)17時09分1秒
  病で臥せておられたとは・・・・養生してください。

私の経験から言うと、忙しかったり、悩んでいたり、疲れが溜まった時に、熱が出ます。
きっと身体からお導きなのだと思って、「どうどうと」寝ているのが得策かと。

お母様のカラータイマーは、きっと桜の木さんの家のカラー・タイマーでもあるのかもしれません。
桜の木さんが、忙しかったり、悩んでいたり、疲れが溜まった時に、お母様のカラータイマーが点滅します。
いっぺんには伝わりませんが、熱が出るように、代わりに伝えてくれているのかもしれません。

桜の木さんの言葉が、どなたの言葉か分かりませんが、ネイティブ・アメリカンの人達の言葉を思い出しました。

「あなたが生まれてきた時、あなたは泣き、周りの人は笑って迎えてくれたでしょう。
 だから、あなたが死ぬ時は、あなたは笑って旅立ち、周りの人が泣くのです。」

確か、そんな言葉だったと思います。
そんな生き方というか、死に方はいいな~、そして何よりも、そんな風に人間という存在を見つめられる柔らかい思想は、素敵だなと思うのです。

そうでした。今晩は、私の皿洗い当番でした。
実はこの頃、小さな疑念が湧いてきているのです。
どういうわけか、私の当番日ばかり、手の込んだ料理や実験料理のようで、鍋やらフライパンの大道具が、いくつも私に洗ってもらうのを待っているのです。

考えすぎでしょうか?・・・・・・
 

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