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言葉と想い

 投稿者:桜の木  投稿日:2010年 6月29日(火)09時33分40秒
  確かに夢屋さんの言われるとおりですね(笑)

『判断力』なんて簡単に使っていたけど、夢屋さんの言葉通り!結構むずかしい言葉です。

<「判」じて、それ以外を「断」じる実行「力」か~!
凄く勉強になりました(笑)

凄いです! 単語も単純な気持ちで簡単に日常使うけど意味が深いんですね。
夢屋さんに分析されると、大変わかりやすいですね!わたしも『うろたえすぎない人』
を目標に努力します(笑)

ところで、街角で少女達が携帯抱えて『え~!悲惨ジャン~!』とか『マジでガチすか?』とか話していますよね。悲惨って言葉は一時流行して今は廃れたけど何かにつけて『超、悲惨!』
って言葉を耳にしてました。『悲惨じゃないな~平和そのものだ』と思ったものです。

私も息子共につられて時々そんな口調になりますが、楽しければいいかなって思うので、
家族間では『近頃の若い者は~』的批判はありません。

ただ、同年代の友人がやたらと『私は命がけでこの仕事をしている。命を賭けているんだ』
とメールして来ます。同窓会でも話していましたが(^^;)

これだけは、正直私は嫌いです。
本当にそう思っているんだろうけど、気楽に『命賭けています』なんて言えないほどに、
重たいものしょっている人がいるのに・・・

私は彼女に何度か『その言葉は軽く使わないで!』と言ったのですが、相変わらずです。

もう仕方ないから諦めたけれど、私のような持病を持つ人間にしてみれば、健康で幸せだから言えるのだろうと思いますね。(私なんかいつ倒れたっておかしくない人間ですから。)
だから、明るくしていたいし、みんなにもそうして欲しいって勝手な気持ちを持つのでしょうね(笑)

命の安売りしているようで、どうもなぁ~?

彼女は自分なりに強く感じて、それを命がけと言う言葉に置き換えているのだろうか・・・

言葉は時として友との中をも裂いてしまう、ファイナル・ウェポンですね。こわ~いです。

でも言葉の奥にあるそして、裏に潜む友情を見つめてゆきます(笑)
 
 

判断力?!

 投稿者:  投稿日:2010年 6月24日(木)17時24分57秒
  うろたえている時って、突発的な状況に直面した脳が、生命維持に関する中脳や延髄に血流を集中させ、回路を限定し、その反応で危機を回避しようとしているのでしょう。
そして、その身体対応が成功していたので、自然淘汰の網から救い、大脳を肥大化させた人間を生んだのだと思います。

だからといって、大脳皮質の電位反応より、延髄中央集権機構の方が良いのだと、簡単には言えません。
(『判断力より、あなたの「うろたえ力」!』の方が、本も売れそうですが・・・)

「判断力」って、目の前の状況を把握し、重要なことを「判」じて、それ以外を「断」じる実行「力」ってところでしょうか。

ならば、とても不安定というか、頼りない気がします。

「目の前の状況を把握」するってことだけでも、「正しい」も「真実」もありませんし、「重要なこと」もまさに視野狭窄な「主観」ですし、「断じる実行力」って、ジコチュウで、はた迷惑の何ものでもありません。

でも、成功したら、一時の賞賛を受け、ハリウッドで映画化されるかも。

いや、いや、大脳が「あとだしジャンケン」で生まれた優位性は、無視できないから・・・・

う~む。

「判断力」の言葉の前に、うろたえて「判断力」を失ってしまいました。
 

一瞬でいい。判断力が欲しい!

 投稿者:桜の木  投稿日:2010年 6月18日(金)17時24分53秒
  一瞬の判断が生死の境目なんですね~!
ご無事で本当に良かったです!!

娘さんは本当にお父さんが大好きなんですね!
私もそうでした。よく父に説教しました。

娘さんの為に体を大事にして下さいね。

ところで、私は昔、秋刀魚で火を出したときパニックになり、
今は亡き父が小さな座布団で消してくれたのですが、
腰が抜けて立てなくなった経験があります(笑)

あのとき立った大きな火柱は「恐怖」という文字は絵にすればこれだ!とさえ思わせました。

地震はもっと苦手です。姿の無い分恐怖感が増幅され、もう体がしどろもどろ(笑)

若い頃、マンション13階に住んでいまして、震度4の地震を経験しました。

頭は真っ白、完全自己喪失状態(笑)
部屋中をモルモットみたいに走り回って大変だったそうです。
主人が私を捕まえて頭から布団をかぶせ、
押さえつけたのだと後から聞かされても、覚えているのは恐怖だけと言う
情けなさです。

東京に大震災が来たらどうしたらよいか?何を持ち出すのか?なんて今用意しても、
多分私には無駄です。運と神様に頼ります(笑)

振り返れば、私には一瞬の判断さえも有りませんでした。
一瞬にして判断力喪失だったから。

子供の教育方針は「正しい判断の出来る人になれ」をモットーの私なのに
自分は全く判断できません。

困った親ですね(笑)
 

火事場で持ち出すものは

 投稿者:  投稿日:2010年 6月17日(木)15時12分44秒
  桜の木様

お心遣い、ありがとうございます。

私の方は、数日喉が痛かっただけで、実害はありませんでした。

一瞬、家から何を持ち出そうかと考えたのですが、家計の大事なものの置き場所は、私は全く知らず、携帯も持っていませんし、財布すら手にも取らず、短パンにTシャツ、ビーチサンダルだけを「命にまとい」、外に出たのでありました。

しかし、なかなか突入しない警察と消防士に苛立って、煙の出る建物に、再度入ろうとしたことは、お伝えした通りです。

「唯一救い出した「命」を、自分で危険にさらすとは、最低!」と、娘から叱られたのであります。

そう、命あっての落ち込みや秋刀魚味わい。
桜の木さんも、ゆっくりとリハビリしてください。
 

え~~!火事?!

 投稿者:桜の木  投稿日:2010年 6月13日(日)17時55分49秒
  大変でしたね!
お体は?、お店は?、ご家族は?、大事なものは? 大丈夫でしたか~?!
ホントに驚きました!

私などは、災難はいつも『他人事』と心のどこかで思いがちですが、気を引き締めます!

災難と言えば、私も4月末に階段から落ちて右肩脱臼、左肩筋の損傷で1ヶ月固定していました。ひどい災難でした。

漸く固定をはずして、固まった筋肉のリハビリに秋ごろまでかかるそうです。


当然バイトは『クビ』です(笑)

無職で、家でも役立たず・・・一時はかなり落ち込みました。

今、少しずつ回復に向かっています。

長いことPCも開けず今日、開いたら、

え~~、夢屋さん火事?!

ビックリしました。

今度は秋刀魚を焼いても煙にビックリしちゃうかもですね(^^)

でも高齢の母を持つ私は他人事ではないかも・・・


どうぞ、お大事に!
 

火事

 投稿者:  投稿日:2010年 6月12日(土)22時39分50秒
  仕事をサボって居間で本を読んでいたら、なにやら外が騒がしくなってきて、町内放送が鳴り響き

「火災発生、火災発生!場所はxxxxxxxx(まさに我が家の住所) 火災発生!」

へっ?と意識を戻したら、焦げ臭く、窓から外を見たら、大勢の人がこちらを見ながら指を指したり、携帯で写真を撮ったり、誰かに電話していたり・・・
まさに火事の現場は、我が家の建物のようです。

慌てて外に出てみたら、二階の窓から煙が噴出しています。

頭の中は、一瞬で『め組の大吾』(消防士のコミック)になってしまいました。

二階に駆け上がったが扉が開かないので、周りの人に言って、消火器をかき集め、私はベランダから侵入しようと、台所の窓枠によじ登って、ベランダによじ登ろうとするが、ペラペラの手元しかなく、「あぁ、山野井泰史さんだったら、凍傷して欠損した3本指で、ここを登ってゆくのだろうな~」と情けなく思いながら強攻策を取ろうとしていたら、隣の旦那さんと前の自動車屋さんの旦那さんから、「もう警察も消防車も来たし、煙にやられるから、止めてください!」と・・・・

漫画だったら、その制止を振り切って火の中に飛び込むのでしょうが、私ははっとわれに返り、物分りのよい常識の人間と化してしまいました。

確かにあのまま突入していたら、一酸化炭素中毒になって倒れていたかもしれません。
(実際、直接煙を吸い込んでいないにもかかわらず、喉が痛くてたまりません)

しかし、二階に人がいた可能性もあったのも事実です。(現実には、いなかったのですが)

いざという時に、人間の底が知れますが、まさに改めて自分の底の浅さを思い知らされました。

とりあえず、ボヤですみ、誰も負傷者が出なかったが、幸いです。
 

店を抜け出し、裏の公園に

 投稿者:  投稿日:2010年 4月 7日(水)13時37分1秒
  こちらのサクラは、完全に葉桜になっています。
しかし、薄緑の若葉と淡い桃色が、なかなかいいんですよね~
足元には、散った花弁が吹き溜まり、むんずとつかみ、舞い上げたくなります。

タイガイのことは、なるようにしか、ならないと思っています。
投げやりとか、諦めとか、達観とかなどではなく、「なるようになっている」私自身のコントロールから離れた領域があると思うのです。

だから、自分でコントロールできそうな領域を、目の前の問題と考えて取り組んでいたら、あとは「なるようになっている」から、流しておこうと・・・・

サクラの舞い散る様はコントロールできないけど、樹下に身を置くことは、うまくいけば実現できるかなと。
 

恒例行事

 投稿者:桜の木  投稿日:2010年 4月 5日(月)14時45分0秒
  お久しぶりです!

今年もやってきました!!
お花見の季節ですね~~~~~~~~~~~~~!!(^^)

私は主人に2年前から春の花見を強要する事に成功し、ついに恒例化しかかっております。
この年になってやっとお酒が飲めるようになり、楽しくなってきたところです。

一昨年は靖国神社、去年は皇居、そして今年は「墨田公園」の墨堤で水に映るサクラを見ようと言う事に意見が一致したのが、2ヶ月前の事でした。

『今年は何処に行こうかな?』と言うと『墨堤に行くか?』と言い出したのは主人でした。
うまい具合に教育しちゃったな~~って喜んでいたら、今月入ってすぐにサクラの話になると妙によそよそしいのです。

昨日は嫌な予感に打ち勝って『明日は行こうね!』と言えば、『どこへ?』と言うし、
『サクラですよ』と言えば、『サクラが何?』って言うからだんだん腹が立ってきました。

『花見に行くって言ったでしょうに!!』と言えば『咲いてるかどうか、わからんぞ』だって・・・

今トウキョウのサクラは8部咲きですよ(笑)
『明日は雨風で全部散るかもな!』
『・・・・・』

ここまで言われたらアホらしくなってしまい、
『そうだね!丸坊主だね!全滅だね!アンタは二度と見れないね~~だっ!!私は【チガウ人】と見ます!!』と啖呵を切って部屋を出ました。

主人は5分もしないうちに、『あさっては休みだな~~』って独り言を大きな声で怒鳴りながら私の側をすり抜けました。
あぶなく、恒例行事化した花見が頓挫するところでした(^^;)

寝ていたい主人の気持ちもわかるけど、1年に1回しか咲いてくれないサクラさんです。
愛でて、褒めてあげたいじゃないですか!

これって、私のわがままですか?
私は毎年、春になると傲慢、強気、短気、頑固などの病にかかるようですね(笑)
 

啄木鳥

 投稿者:  投稿日:2010年 3月 7日(日)12時21分20秒
  店に来る青年から薦められて読む。

『アサッテの人』諏訪哲史   講談社

ベラスケスの『侍女たち』が、何度も脳裏をよぎる。
 

ホホ

 投稿者:  投稿日:2010年 2月19日(金)12時48分22秒
  >三原さん、好きでしょ? こういう考え方。

いいですね~。
近所のおばちゃんのおせっかいや、悪ガキの涙が、自分の物語に届くという考えは、たとえ幻想であっても、豊かだと思っていますし、そこらへんと何とかしたいなと思っています。

人類は、「人間の概念」を「外」に開く方向で、科学や社会を推し進めてきたように思います。
これは差異に根ざす「言語」が、「外」へ「外」へと向くベクトルを、「表出では」背負ってしまうからです。

人間は、生物的にも、外部情報を取り込み、それがフィードバックされて、さらに外部を取り込む「刹那体」を造っているのは、確かだろうと思います。
外部環境やDNA、生育体験などが、重要度を増してゆくのは、言語のベクトルからして不可避で、これからもどんどん「人間」は、「外」の影響に根ざした生物として、考えられてゆくでしょう。

「外」を注視した、エコ思想やグローバリズム、幼児体験のトラウマなどへのアプローチも、この流れだと思っています。
これらの思想を、簡単に否定出来ない気持ちにかられるのは、外部情報を取り込む生物である「人間認識」が、あるからです。

しかし、しかしです。
ここが、思案のしどころです。

「人間概念」の「内」は?
「内」に開く術は?
自己問答の言語も含めた、言語の表出が「外」ならば、「内」を言語化することは?

そもそも、言語に根ざしたこのイメージは、人間概念を「内」無き「外」でしか規定できず、強いて言えば、<「内」無き「外」の人間>の「外」に、非言語の「内」が開いていると考えられるのではないのか?
確か細胞の構造は、「内」に「外」が・・・・
・・・・・・・
・・・・・
・・・


近所のおばちゃんのおせっかいや、悪ガキの涙が、自分の物語に届く「物語」を、「外」だけの思想に絡め取られないようにしたいなと、思っているのでした。

と、書き上げたら、こよねちゃんの本が届きました。

ありがとう!謝謝!
 

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